奈良県ではお正月の雑煮に珍しい特徴がある。雑煮の餅をとり出してきな粉にまぶして食ベるのである。黄色の粉は稲穂や金にたとえられ、豊作や幸運を祈ってきな粉雑煮が祝われたのであろう。大和雑煮は焼いた丸餅、丸い小芋、丸い(輪切り)大根、豆腐のみ四角切り(角が立っても問題ない)、味噌仕立てである。家族円満、物事が丸く納まることを願う、すべて揃った縁起物なのである。
<参考文献>
「大和の食文化」(富岡 典子 著 奈良新聞社)
「出会い大和の味」(奈良の食文化研究会 奈良新聞社)
<雑煮の餅について>
雑煮に丸餅を入れ、味噌仕立てのところは近畿一円そうであるが、奈良だけが丸餅を焼いて入れる。近隣では、三重県の北部は丸餅だが南部は角餅である。また和歌山の東南部の一部は角餅を焼いて入れる。関東はのしもちを切った角餅を焼いて入れ、醤油のすまし汁である。餅の形や焼くか煮るか、汁は味噌かすましか、具に何を入れるかなど、地方によって様々な祝い方があるが、理由はと聞くと、丸餅や丸い野菜の使用理由以外はあまり定かではない。
<きな粉にまつわる話>
古代奈良、東大寺には中国から伝わった水車で廻す大石臼があったが、庶民に石臼はなく、穀物、特に煮えにくく粒食に適さない小麦、大豆の粉は貴重品であった。しかもこの石臼の製造技術はその後広がっていない。したがってきな粉をまぶす風習が庶民に広がったのは小型の手回し石臼が広がった江戸時代中期以降からであろう。ひょっとして高級貴族、高僧は「きな粉雑煮」を食べていたのかもしれないが。